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千国街道保高宿

松本と糸魚川を結ぶ千国街道は通称塩の道とも呼ばれ、日本海の海産物や塩と内陸の麻や木綿を運ぶ重要な街道として、明治から昭和の初期にかけてとても賑わっていました。千国街道の松本から3番目の宿場が、穂高の地名の由来でもある保高宿。現在の旧国道147号線の穂高神社入口から丸山菓子舗あたりが旧宿場の範囲で、今でも短冊型の敷地に土蔵造りや本棟造りの建物が残っています。特に北側に数棟残る黒漆喰の建物は重厚感があり、今でも当時の面影を良く残しています。

個人的には以前から保高宿にはとても関心があり、保存活用について様々な機会で提案してきました。しかし、残念ながら市民の関心は薄く、今までほとんど注目されることはありませんでした。昨年3月にふるさとウォッチングを開催し、その後まちなかウォークラリーやウォークラリーのルートに組み入れたことで、最近少しづつ市民に認識されはじめたところです。

今年4月に策定された市の景観計画にも保高宿の保存活用が盛込まれましたが、具体的な保存活用についての議論はこれからです。当時の保高宿は中央に矢原堰の水が引かれ、水郷の里の安曇野らしいまちなみだったようですが、今では当時の資料もほとんど残っていません。今は大勢の観光客で賑わう松本の中町も、20数年前は同じような状況でしたので、今ならまだ間に合うでしょう。水路の完全復活までは難しいかもしれませんが、建物の修景や電線の地中化、街路の整備など、将来に向けた第一歩を踏み出すことが大事だと思っています。

せっかく安曇野が連続テレビ小説「おひさま」の舞台に選ばれたのに、ロケ地が奈良井宿というのは市民としてはちょっと複雑な心境です。将来もし「おひさま」の続編が放送されることになった時には、是非再生した保高宿が舞台であってほしいと願っています。

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